農薬・化学肥料・添加物に頼らずに‘食’を創り出す、この20年間に出会った生産者の探訪記。食を探究する生産者や料理人や主婦の方に有機農業の情報も含め、生真面目に丹精込めて作られた食の技、思い、人、その背景を伝えていきたい。紹介する生産者は僕が心から応援したい一緒にあんぜんな食の世界を作ってきた仲間たちです。


熊本県玉名郡天水町〜 草枕グループ(2003.8.29訪問)
減農薬柑橘類 温州みかん・デコポン・タンカン
柑橘の『おいしい』と『香り』!
右田さん

「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる。」

100年前の明治30年暮れ、漱石が熊本から天水町に旅したときのことが題材になった小説「草枕」の良く知られた冒頭の一節です。

右田さんを代表とする「草枕グループ」は有機栽培。だが今や、「有機栽培」という言葉は「有機JAS認証」を取らないと使えなくなった。しからば、「草枕グループ」は、肥料資材は有機を主体とし、農薬に頼らない環境保全型の農業体系で特別栽培農産物の柑橘類の生産をしている、という表現になる。(04年4月からは無農薬・無化学肥料や減農薬・減化学肥料などの表示は使用出来なくなります。代わって特別栽培農産物の一元表示となります。全国の農民諸君!注意したまえ。)
この時期のみかんはまだこんなに青い

福岡から九州自動車道を南下、小1時間で菊水インターを降り、一般道をさらに南下して有明湾に面した天水町に入った。毎度の事ながら近くまでは記憶の中で来るのだが残りほんの僅かが分からない。
この前来た時はと、ひい・ふう・みい・よう・いつきたか、みいの三年前かな、九州農産局○○や何人かの農家と夜更けまで飲んだあと、翌日、僕はもと日本初の有機認証ビール屋の親父であった「喉にジョッキ」の過去も有るので、島原ビールをガブガブガブ後、島原からフェリーに乗って我が弟子が醸造している、熊本駅前ビールで「ちったぁ美味くなったじゃねえか」と酔っ払い親父そのものの説教をタレながら右田さんと落ち合い、熊本の夜を飲んだ翌日で在った事を思い出した。

僕の髪の毛と同じでそれでもまだしつこく薄い記憶をたどってウロウロしていると俳優・笠置衆の生家が在った。仕方がない。連絡して迎えにきてもらう。

熊ノ岳の西面に位置する畑に立つと、青い極早生ミカン越しに干拓地の水田が眼下に広がり、有明湾の対岸に雲仙普賢岳が薄っすらと見える。足元には先日摘果したミカンがごろごろと転がっている。
2003年の作柄を訊ねると「日照が少なくて良くないね、この後の天候次第かな」との返事だった。

その後、2004年の年明け彼に会った時、作柄を聞くと「風が出て玉擦れが出たし、天気も良くなかったので収量は例年の六割程度だった。しかし根が止まってからは雨がないので玉伸びは悪いがその分糖度は上がったよ」とのことであった。
六割、全国的に今年の柑橘収量は悪い、年明けから出回る晩生は品種にもよるが八割程で上出来だ。裏作とのダブルパンチに冷夏でジュースも消費が伸びず加工用としても今年は売れない、漏れなく往復ビンタのおまけつきと言う農家感涙の年である。
これからのポンカン、デコポンに経済を賭けることになる。


「草枕グループ」はこの環境保全型の特別栽培柑橘類を原料に、柑橘の「おいしい」と「香り」をコンセプトにジャムやフルーツソースを企画。そして、この加工を同じ思いを抱く湯布院の手作りジャム工房に託し、おいしさを最大限に引き出した商品を開発しました。生産量に限りはありますが、ミカン農家として胸を張れる自信作です。

「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」
女はすらりと立ち上る。三歩にして尽くる部屋の入口を出るとき、顧みてにこりと笑った。茫然たる事多事。(草枕より)