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プロフィール |
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このサイトではあんぜんな食の案内人として登場していますが、実は僕も食のつくりびとだった。なにを作っていたかというと日本で初めての風の谷のオーガニックビール(有機認証ビール)を作っていたんです。
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| 1980年代 市民運動の時代 リジョーナルアイデンティティーのもと環境保全と食の安全をコンセプトに設立した共同購入会 自然とくらしを考える会代表世話人 1990年代 有機食品の宅配“らでぃっしゅぼーや”を育てた時代 有機農業運動のさらなる啓発発展のためにお江戸に都落ちするも中部地域に「らでぃっしゅ」を立ち上げる。その後「らでぃっしゅぼーや」の三代目代表となる。 1997年 有機ビール醸造にかけた時代 第三セクター(株)酪農王国『風の谷のビール』開設。取締役就任。日本で初めてのオーガニック認証ビールを作った。 2000年 食の安全の全国構想に着手 楽しいビール三昧中、大腸がん手術後の藤本さんから、最後の聖戦をするので手伝えとの要請に応え(株)自然王国設立、取締役就任。(代表取締役藤本敏夫)。遅々として進まぬ食の安全をNBメーカー出資の下に一気に展開する構想であった。伊藤忠、住商、味の素、雪印等々。 2002年 地域を見直そう! 藤本敏夫肝臓ガンのため永眠。 藤本が構想していた日本農業の二つの目標、国民に「健康」と「環境」を保証する産業としての農業、生活としての農的世界の活用を具体化できないかと・・・ これを契機に富士山の見える故郷に帰り、楽しい日々を送ろうと・・・。 2003年 これからの日本の食の次なる構想いろいろ。 「おいしい畑市」企画。 有機・無農薬野菜の朝市を展開。地産地消の支援活動。
地域風土(フード)のおき火起し構想。 「わが街の自給と自立」 安全で安心な農産物、加工食品の生産、供給体制の整備 「わが街の有機循環」 健康・生命教育・生きがいを創出する農的世界・空間の整備と活用 「一園逸茶」運動(いちえんいっちゃ) 日本の有機・自園茶を広げよう!イタリアスローフード協会理事ジャコモ・モヨーリ氏と共に「一園逸茶」運動の呼び掛け世話人となる。
スーパーの地場野菜コーナーを企画 無農薬無化学肥料栽培の農家や特栽レベルの農家を中心に集め、各店舗から近い畑は300m〜2km程度の農家グループを形成し、文字通りの朝採り地場野菜を出荷するシステムを構築しました。生産農家とスーパーに安全な食品に対する考え方を指導。
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